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隠れたお大師さまの足跡
杖杉庵
場    所 徳島県名西郡神山町下分字地中  
ナビ N33°58′52″  E134°19′21″     地図はこちら
番外霊場  杖杉 
浄蓮庵から徒歩で3時間30
本    尊 弘法大師

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 右衛門三郎と杖杉庵
伊予国(愛媛県)荏原荘に右衛門三郎(衛門三郎ともいう)という人がいた。諸国遍歴の弘法大師が、この右衛門三郎の家を訪れて施しを乞うた。ところが右衛門三郎は金持ちであるのに、強欲でけちであったので、施しを断った。大師は、それから毎日八日の間、右衛門三郎の家を訪れ施しを乞うたが、右衛門三郎は施しをしないばかりか、八度目には大変腹を立てて、「しつこい坊主め」とののしりながら、大師の鉢をうばって投げ捨てた。鉢は音をたてて八つに割れて、空中に飛び散った。当時、右衛門三郎には八人の子どもがいたが、どうしたことか翌日から毎日一人ずつ子どもが死んでいった。さすがに強欲な右衛門三郎も、ここに来て初めて思い当ることがあつて、四国遍歴を思い立ち、住み慣れた家を後にして巡拝の旅に出た。右衛門三郎が四国巡拝を20回終わって、21回目の途中に、左右内の焼山寺山のふもとで病気になり、身動きができないようになった。そこへ通りかかったのが弘法大師であった。右衛門三郎は過去の自分の犯した罪の許しを乞うた。弘法大師がいうには、「お前の罪はもはや償われたから安心するがよい。ついては、今になって何か望むことはないか、」というと、右衛門三郎は、「今自分は年老い、子どももみんな死んでしまったので、今生にはもう何の望みもありませんが、ただ死んだ後に願わくは、国主の倅に生まれたいです。」というと、大師は笑って「お前は罪業の深い人だ。死んで仏果を得ようとしないで、国主に生まれ変わりたいとは・・・・よし、その願いをかなえてあげよう」、といった。そして小石に(右衛門再来)と書いて右衛門三郎の手に握らせてやったので、安心して死んだ。大師が右衛三郎を葬った場所が現在の杖杉庵の所であり、彼のもっていた杖を逆さにして地中にさしたところ、それが芽わ吹き根づいた。その杉が江戸中期まで生長して大木になった。しかし、その後老朽して現在は新しい杉が生えている。それからこの地を「杖杉庵」と呼んでいる。
 右衛門三郎が死んでから時を経て、伊予の国主河野家に男の子が生まれた。その子は生まれた時から手を握って開けないので寺の住職が祈祷をして開かせたところ、(右衛門再来)と書いた石が出てきた。これこそ右衛門三郎の生まれ変わりであるといわれた。この石は寺に納めたが、その寺は石手寺といい、四国八十八ケ所の一つとなっている。
  資料提供 神山町
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