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隠れたお大師さまの足跡
古目大師
場    所 徳島県海部郡宍喰町宍喰浦
ナビ N33°33′28″  E134°18′27″     地図はこちら
番外霊場 古目大師 

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 古目(こめ)のお大師さん、または清水しみずのお大師さんと呼ばれる。名前の由来は古目という地名からである。この大師堂前の小道(旧土佐街道)を200メートルほど山沿いに進むと番所跡がある。古目の番所は阿波五大関所の一つで、阿波から土佐へ越す山道の登り口付近にあった。(今は水床トンネルが東洋町まで抜けいる)。土佐との国境警備上、阿波では最も重要な関所であった。古目という地名も「古い目付」からきたといわれている。別名の清水大師というのは堂裏近くに美しい清水が湧き出ていたことに由来する。四国霊場を参詣をしていると、弘法大師と水と深い縁があることに気づくが、以前湧いていたこの清水も弘法大師の霊感により湧き出るようになったと伝えられている。

 この大師堂に安置されている弘法大師像は高さ一尺二寸の座像で古い石仏である(作者年代不詳)。ほかに境内には剣山大権現遥拝碑がある。その横に古目供養塔といわれる板碑と五輪の一部が置かれていて、願掛けの御利益が多く、付近の人々は「願い石」とよぶ。

 古目大師は、古くから同町の大日寺(高野山真言宗)が管理する無人のお堂であるが、その縁起はよくわかっていない。宝暦6年(1756年)4月に大師堂を修復したことを示す棟札が、大日寺にあることから、それ以前からあったと思われる。ほかにも昭和6年3月再建の棟札、昭和30年3月再建の札等が残る。現在の建物は平成11年の建立である。

 また、この大師堂は、立地場所が宍喰川河口なので、幾度か津波の被害を受けている。(昭和21年南海大地震津波の潮位を示す碑が、大師堂向いの弁天山入り口にある。)

 戦前の当地で大師講が組織されていたことは、多くの参拝者があり、特に旧暦の毎月21日の大師縁日はにぎわっていたという。現在も、少なくなったとはいえ周辺地の人々の信仰はあつい。また旧土佐街道(遍路道)にある大師堂として知られているのか、お遍路さんの札打ちも古くから行われている。
 
 「四国遍路道指南」(真念薯)には「川わたりて阿波さかひ目ばん所、古目という所有り、これにて往来の手形の切手あらたむ」と古目番所の手形改めのことが記されている。藩政時代には特に目付け厳しかったと思われる古目番所であるが、ここを通らねば、遍路旅もできなかったのであろう。
 
 古目大師は、阿波「発心の道場」最南最終の大師堂で、土佐「修行の道場」を目前にし、遍路旅の節目に当たるお大師さんである。昔は当地で宿泊される遍路さんが多かったと聞くが、阿土の境目で番所が有り、ちょうど23番薬王寺と24番最御崎寺の真ん中だからでは。

 宍喰の「道の駅」を右に曲がり、町中筋を通り、宍喰橋(通称カモメ橋、ずっと以前は遍路を送り出す時に涙を流した「泪橋」とも呼ばれていたそうだ。)を渡ると古目大師に至る。これがおおよそ旧土佐街道である。古目大師から水床トンネルを抜け7.8キロメートル程で東洋大師となる。

 
 資料提供  大日寺